NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

肥満解消に新たなプレイヤー

肥満解消に新たなプレイヤー

 北里大学獣医学部 橋本 統 准教授、京都大学大学院農学研究科 舟場 正幸 准教授、奈良先端科学技術大学院大学 栗崎 晃 教授らの研究チームは、肝臓から分泌されるアクチビンEというタンパク質が、脂肪を燃焼させる褐色脂肪細胞の活性化やベージュ脂肪細胞の増加を促進し、エネルギー代謝を亢進させる作用を持つことをつきとめました。この新たな発見は、糖尿病などのメタボリックシンドロームの原因となる肥満の予防・治療の開発につながることが期待されます。本件に関する論文は、2018年10月30日午前11時(アメリカ東部時間)、国際学術誌Cell Reportsのオンライン版に掲載されました。

【発表内容】

 アクチビンEは、肝臓で特異的に作られる細胞の分化・増殖因子の一種として発見されましたが、長い間その機能は不明でした。今回アクチビンEを肝臓から過剰に分泌するマウスを作製したところ、対照のマウスと比べて血糖値が低く、インスリン感受性が向上しており、体温が高めでエネルギー代謝が亢進していることが分かりました。さらに、このマウスは高脂肪食を与えた場合でも体重増加が抑えられていました。白色脂肪組織を詳しく調べてみたところ、ベージュ脂肪や褐色脂肪のUcp1の量が増加し、ベージュ脂肪細胞自体も増加していたことから、脂肪組織において熱産生が盛んになり、エネルギー代謝が上昇していると考えられました。

 一方、アクチビンE遺伝子を欠損させたマウスでは、寒冷刺激に対する反応が鈍く、白色脂肪組織中のベージュ脂肪細胞の減少が原因と考えられる低体温の症状がみられました。さらに、アクチビンEタンパク質を、培養した褐色脂肪細胞にふりかけたところ、Ucp1の量が増加したことから、アクチビンEに褐色脂肪細胞の熱産生を直接活性化させる働きがあることを確認しました。

 以上の結果から、アクチビンEは、肝臓から分泌されるヘパトカインとして働き、褐色脂肪を活性化させ、白色脂肪でベージュ脂肪細胞を増加させることで、余分なエネルギーを熱に変換して消費させる役割があることが明らかになりました。このアクチビンEのダイエット効果は、糖尿病をはじめ種々の生活習慣病の原因となる肥満の治療薬につながる可能性があります。

栗崎晃教授のコメント

 幹細胞の分野では、アクチビンはES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞を内胚葉に分化誘導する細胞増殖分化因子として知られています。アクチビンにはA、B、C、Eのサブタイプがあり、一般的に内胚葉の分化誘導に使用されているアクチビンはアクチビンAですが、アクチビンEについてはその特異的な機能は長らく不明でした。私たちは、北里大学と京都大学と共同でアクチビンEの機能解析を進めておりましたが、トランスジェニックマウスやノックアウトマウスを作製して組織化学的に慎重に機能解析を進めた結果、生体内で脂肪組織の制御に関わることがわかってきました。本研究は、アクチビンの新たな機能と肥満予防の両面から興味深い発見であると思います。
 

【研究の背景】

 日本人男性の約30%、女性の約20%が肥満であり、全世界の3人に1人が肥満または過体重であると言われています。肥満に伴い、糖尿病、高血圧、心臓病、通風、がん等の様々な疾患を発症しやすくなることが知られています。最近、この万病の元である肥満の有効な予防・治療法のターゲットとして褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞が注目されています。

 肥満は白色脂肪組織への過剰な脂肪蓄積症であり、過剰に取り込んだエネルギーを脂肪に溜め込んでいる状態です。褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞は、余分なエネルギーを熱に変換して消費することができるため、この細胞の活性化や量を調節する新たな因子の発見が期待されていました。

 人間の大人では、げっ歯類のような典型的な褐色脂肪はほとんどなく、白色脂肪組織中に誘導される特殊な褐色脂肪であるベージュ脂肪細胞が熱産生の一部を担っており、そのため白色脂肪をベージュ脂肪へと変化させる外的因子に注目が集まっていました。本研究では、褐色脂肪を活性化したり、ベージュ脂肪化を促進する新たな外的因子として、肝臓から分泌されるホルモン(ヘパトカイン)であるアクチビンEを発見しました。

 アクチビンEは、その遺伝子配列情報から、TGF-βファミリーに属する細胞の分化・増殖因子の一つで肝臓で作られる因子として発見されましたが、長い間その機能は不明でした。マウスに高脂肪食を与えたり、空腹にすると肝臓のアクチビンE遺伝子の発現が上昇することから、栄養状態に関連する機能が予想されていましたが、その役割は謎でした。

【研究結果のポイント】

  ・アクチビンEを血中に多く分泌する遺伝子改変マウスでは、体温が高く、血糖値が低く保たれていた。
  ・このマウスの高いインスリン感受性とエネルギー代謝亢進は、褐色脂肪の活性化と白色脂肪組織内のベージュ脂肪細胞の出現に起因すると考えられた。
  ・反対に、アクチビンEを欠損したマウスでは、寒冷刺激でも白色脂肪組織内のベージュ脂肪細胞の出現が抑えられており、体温が低下した。
  ・アクチビンEをシャーレで培養した褐色脂肪細胞にふりかけると、褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞にのみ存在して熱産生のスイッチとして機能するタンパク質UCP1を増加させることから、アクチビンEが直接脂肪細胞に作用すると考えられた。

【今後の展開】

 アクチビンEがどのような仕組みで褐色脂肪細胞の活性化や白色脂肪のベージュ脂肪化を引き起こすのか、その作用メカニズムを詳しく調べることにより肥満治療につながる医薬品の開発を目指す。

【掲載誌】

雑誌名:Cell Reports (掲載日:2018年10月30日) (インパクトファクター:8.032 2017年)

論文名:Activin E Controls Energy Homeostasis in both Brown and White Adipose Tissues as a Hepatokine.

著者名:Osamu Hashimoto, Masayuki Funaba, Kazunari Sekiyama, Satoru Doi, Daichi Shindo, Ryo Satoh, Hiroshi Itoi, Hiroaki Oiwa, Masahiro Morita, Chisato Suzuki, Makoto Sugiyama, Norio Yamakawa, Hitomi Takada, Shigenobu Matsumura, Kazuo Inoue, Seiichi Oyadomari, Hiromu Sugino, and Akira Kurisaki.

DOI:10.1016/j.celrep.2018.10.008

※本研究は「科学研究費補助金 (Grant Number 21580370, Grant Number 26450442, Grant Number 25640109)」の助成を受けています。

【用語説明】

  1.白色脂肪細胞:
     皮下脂肪や内臓脂肪などでみられる大きな油滴をもつ典型的な脂肪細胞である。食事から取り込んだエネルギーを脂肪に変えて蓄積し、必要な時に脂肪を分解してエネルギーを放出する。
  2.褐色脂肪細胞:
     エネルギーを「熱」に変換することが出来る特殊な脂肪細胞。熱はミトコンドリアという細胞内器官でUcp1というタンパク質がスイッチとして働き、エネルギーを変換することで熱が生み出される。ダイエットに効果があるとして、その活性化や増加を調節する因子の解明が期待されている。
  3.ベージュ脂肪細胞:
     寒冷刺激や運動、種々のホルモンなどの外的因子の刺激によって白色脂肪組織中に出現する。白色脂肪細胞のミトコンドリアでUcp1が誘導されることにりベージュ脂肪細胞となり、エネルギーを熱へと変換する。
  4.Ucp1:
      褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞のミトコンドリアにのみ存在するタンパク質の一つで、エネルギーを熱に変えるスイッチとして働く。
  5.ヘパトカイン:
      肝臓から分泌され、インスリン感受性やエネルギー代謝を調節するタンパク質のホルモン。
  6.メタボリックシンドローム:
     過度な内臓型肥満により高血圧、高血糖、脂質代謝異常などが併発した状態。糖尿病や動脈硬化性疾患に陥りやすい病態。

【参考図】

【アクチビンEのエネルギー代謝亢進作用】

【幹細胞工学研究室】
研究室紹介ホームページ:http://bsw3.naist.jp/courses/courses215.html
研究室ホームページ:http://bsw3.naist.jp/kurisaki/

(2018年12月03日掲載)

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