NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

植物細胞を「初期化」する遺伝子を発見~さまざまな細胞に分化する能力を持たせる:有用植物の効率的な繁殖にも期待~

植物細胞機能研究室の中島敬二准教授の研究グループは、根や葉に分化した植物細胞を未分化の初期胚の状態へリセット(初期化)する能力をもつ遺伝子を発見した。動物のiPS細胞をつくるときのように発生プログラムを巻き戻し、分化多能性を持たせる遺伝子で、植物発生の基礎研究に重要であるのみならず、有用植物や希少植物を効率的に繁殖させる技術に利用できる可能性がある。この成果はカレントバイオロジーのオンライン版で発表され、読売新聞、朝日新聞、日本経済新聞、産経新聞、奈良新聞、日刊工業新聞、化学工業日報に記事として掲載されました。
プレスリリース詳細 ( 大学HP http://www.naist.jp/ 内コンテンツ )

中島敬二准教授のコメントと研究概要

私たちヒトを含め、有性生殖で繁殖する生物の体は、受精卵というたった1つの細胞に由来しています。1個の細胞から、どうしてこれほど複雑な構造を作ることができるのか、これは発生生物学の研究者にとって究極の課題の1つです。種子植物の発生メカニズムについては、この15年ほどの間に主要な部分のほとんどが明らかになりました。しかし、個体発生の一番初め、つまり初期胚の発生を進行させるメカニズムは、未だにほとんど分かっていません。胚はとても小さなものですが、植物発生の研究者にとっては、そびえ立つ未踏峰のようなものです。

今回の研究成果(Waki et al. Current Biology 2011)では、シロイヌナズナのRKD4という転写因子が、初期胚の発生を進行させる重要な制御因子であることを明らかにしました。また、RKD4を成体の細胞(体細胞)で発現させることで、その発生プログラムを未分化な初期胚へとリセット(リプログラミング)できることもわかりました。胚発生の制御因子を使って体細胞を初期化するという点で、本研究は、本学に在籍されていた山中伸弥教授のグループがiPS細胞を樹立した方法と類似しています。ただ山中先生が患者さんを救いたいという信念にもとづいてiPS細胞を作られたのに対して、私たちの場合は別の目的で研究をしていて偶然に発見したところが(ヒトではなく草だったことに加えて)、迫力不足ではあります。

私の研究グループは、植物の根の発生を研究していました。根の細胞分裂や分化を決める遺伝子を見つけるために、根で過剰発現させると組織の分化が乱れる遺伝子をアクティベーションタギングという方法で探索し、見つけた遺伝子やその相同遺伝子の破壊株を解析していたのです。今から4年ほど前、当時博士後記課程の学生だった和氣貴光君が、RKD4の破壊株の芽生えの中に根を作れない個体がいることに気が付きました。根の原基は胚発生で作られますから、さっそく破壊株の胚発生を詳しく調べたところ、実は、根を作れないのはむしろ比較的正常な個体で、ほとんどは初期胚の段階で成長を止めて発芽すらできないことがわかりました(図1)。破壊すると胚発生で致死になる遺伝子というのは、胚発生の進行を制御する重要な因子か、または、細胞の生命活動そのものに必須の普遍的な機能を担う遺伝子(ハウスキーピング遺伝子)のどちらかです。発生研究者にとって、前者の方が重要なのは言うまでもありません。

図1 野生株(左)とRKD4破壊株(中、右)の初期胚。
野生型の胚が規則正しい分裂で球状の構造を作っているのに対して、RKD4破壊株の胚は、1細胞のまま分裂しなかったり、数回の不規則な分裂で成長を停止したりする。


RKD4の発現場所や時期を調べてみると、シロイヌナズナの生活環の中で受精卵から初期胚にかけてのごく短い期間にだけ発現していることがわかりました。また本来RKD4を発現しない発芽後の植物で強制的に発現させると、若い葉や根から初期胚の性質をもった細胞が大量に作られることがわかりました。そして RKD4の強制発現を続けると、これらの細胞は初期胚の状態を維持していましたが、強制発現を止めるとそこから多数の胚が作られました(図2)。これらの結果は、RKD4が初期胚の発生を開始させる重要な制御因子であることを示しています。


図2 RKD4を発芽後の植物で過剰発現させ、その後に過剰発現を停止させると、若い葉(左の写真)や根(右の写真)から、多数の胚が形成される。

緑色の小さな粒のように見えるのが、すべて体細胞に由来する胚。

植物では、強制発現により胚を誘導する遺伝子がいくつか報告されていました。RKD4がこれらの遺伝子と決定的に異なる点は、RKD4はあくまでも体細胞を初期胚へリセットするだけで、過剰発現させたままだと初期胚以降には進まないことです。このような機能をうまく使えば、初期胚を培養細胞として維持することが出来るかもしれません。例えば希少植物や、高い物質生産能をもつ植物ラインでRKD4を過剰発現させて初期胚の細胞を大量に生産し、次にRKD4をオフにして個体発生を開始させれば、元のラインと遺伝的に同一な植物個体を短時間で大量に得ることができます。初期胚細胞として維持しておけば、必要な時に必要なだけの個体を生産する、などということもできるかもしれません。また純粋な胚細胞を大量に培養できれば、胚発生の基礎研究を進めるための強力なツールになります。

我が国のエネルギー政策の転換もあり、植物の生産力への期待はますます高まっています。植物の光合成能力を上げるのも重要ですが、生産性の高い植物を効率的に繁殖させる技術が伴わなければ実用になりません。今回の研究は純粋な基礎研究として始めたものですが、思わぬところから、社会に役立ちそうな遺伝子を見つけることが出来て、自分でも少しホッとしています。

(2011年08月08日掲載)

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