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DNA複製と修復

   

DNA複製 (DNA replication) とは?

 DNA複製は、親(親細胞)から子(娘細胞)への遺伝情報の正確な伝達のために、ゲノムを半保存的にコピーする過程です。その基本的なメカニズムはバクテリアからヒト細胞まで同じです。DNA鎖の合成は、複製フォークのリーディング鎖で連続的に、ラギング鎖で不連続的に行われます。不連続なDNA合成では、岡崎フラグメントを返し縫いのように合成します。多くの酵素がこれらの過程で相互作用しながら働き、この酵素の集合体をレプリソーム(replisome)を呼びす。DNA複製は、複製エラーにより突然変異の発生と関係しています。

 大腸菌でのDNA合成の速度(レプリソームの速度)は、1秒間に約700塩基 (約700塩基/秒)で、ヒト細胞に比べて10倍以上高速です。私たちの研究室では、この大腸菌DNA複製の速度調節機構(ブレーキとアクセル)についても, 突然変異の発生と抑制のメカニズムの観点から研究しています。 ▶ 複製フォークの速度について

DNA修復 (DNA repair) とは?

 ゲノムDNAは常に傷ついており、正確な遺伝情報を保持するために、細胞はDNAの傷(DNA損傷)を直す様々な機構(DNA修復機構)を持っています。例えば、8-オキソグアニンは活性酸素によるグアニンの酸化で生じ、非常に強い変異原性を持っています。この変異原性は、DNAポリメラーゼが8-オキソグアニンでコピーミス(複製エラー)を高頻度で生じるためです。1個の正常なヒト細胞は1日に数千個の8-オキソグアニンを生じると推測されていますが、DNA複製で突然変異を誘発しないように前もって修復酵素群(GOシステム)によって取り除かれています。また、8-オキソグアニンのような傷がなくても、DNAポリメラーゼは様々な原因によりDNA複製の過程で複製エラーを生じ、これらの誤りを直す校正機能とミスマッチ修復機構もDNA修復機構です。

 さらに、DNA損傷に応答して細胞周期を調節する細胞応答機構は、DNAが傷ついたときにDNA複製をコントロールして突然変異を抑制する重要なDNA修復機構です。最初に発見されたDNA損傷に対する細胞応答機構(損傷応答機構)は大腸菌のSOS応答で、その基本的な概念はラドマン博士(Miroslav Radman)によって1967年に提唱されました。ヒト細胞などの真核生物の損傷応答機構は、チェックポイント機構と呼ばれています。チェックポイント機構が活性化されると、DNA複製フォークでのDNA合成の速度が未知の機構で遅くなります。つまり、ゲノムが傷ついていると、細胞は通常よりもゆっくりとゲノムをコピーします。

 DNA修復や損傷応答機構に働く遺伝子の機能が失われると、突然変異の頻度が上昇します。ヒト細胞では、それらの異常が発癌に繋がります。例えば、前述のミスマッチ修復に働く遺伝子の機能欠損は突然変異を誘発して、ヒトで大腸がんを高頻度で生じることが知られています。私たちの研究室では、大腸菌の様々なDNA修復機構、あるいは細胞応答機構について、突然変異の発生と抑制メカニズムを理解するために研究しています。

なぜDNA複製・修復の研究に大腸菌を使うのか?

 DNA複製と同様に、DNA修復の基本的なメカニズムもバクテリアからヒト細胞まで同じです。大腸菌のレプリソームと複製フォークを試験管内で再構成して分子レベルで調べられる点はDNA複製の複製エラーの研究に有利です。レプリソームの再構成はヒト細胞でまだ実現していません。さらに、大腸菌の損傷応答機構に働く遺伝子はほぼ同定されており、その数もヒト細胞に比べて非常に少ない点も解析に有利です。つまり、DNA複製やDNA修復における突然変異の発生と抑制のメカニズムを大腸菌で研究する利点は、これらの基本的な生命原理をヒト細胞よりも容易に解析できることです。もちろん、ゲノム構造の異なる多細胞生物のヒト細胞に特有のメカニズムを解析できない制約はあります。

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