成果報告

論文No.050

ケミカルバイオロジーにより明らかになった木部分化におけるサーモスペルミンとオーキシンの相反作用。

吉本香織、能年義輝、林謙一郎、白須賢、高橋卓、本瀬宏康
Plant Cell Physiol. in press. DOI 10.1007/s11103-012-9892-3 (2012)

Yoshimoto, K., Noutoshi, Y., Hayashi, K., Shirasu, K., Takahashi, T. and Motose, H. Plant Cell Physiol. in press. DOI 10.1007/s11103-012-9892-3 (2012)

 植物の道管は土壌から吸収した水分やミネラルを輸送する組織で、植物が陸上に進出し、繁栄するために不可欠であったが、その形成機構はあまりわかっていない。シロイヌナズナのacaulis5 (acl5)変異体では、道管分化が過剰になり、花茎の伸長が著しく抑制される。ACL5はポリアミンの一種であるサーモスペルミンを合成する酵素で、acl5変異体では、道管分化を抑制するサーモスペルミンが合成できないために、道管分化が過剰になると考えられる。
 本研究では、サーモスペルミンの作用機構を明らかにするため、acl5変異体における道管分化に影響を及ぼす物質を化合物ライブラリーからスクリーニングした。その結果、合成オーキシンの2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)の類縁体がacl5変異体の道管分化を過剰に誘導することを見出した(図1)。この分化誘導効果は、細胞内に蓄積しやすく、分解されにくいオーキシンに特徴的である。更に、オーキシンによる道管分化の誘導は、野生株では見られず、サーモスペルミンを欠損したacl5変異体でのみ観察されること、オーキシンによる分化誘導効果がサーモスペルミンで抑制されることから、サーモスペルミンがオーキシンによる道管分化誘導を抑制し、過剰な道管分化を抑えていることが明らかになった(図2)。  本研究はサーモスペルミンがオーキシンの作用を介して働くことを示した画期的なもので、今回見出したオーキシン類縁体を活用することにより、道管分化の基本的なしくみを解明することができ、植物生産増大につながると考えられる。

Fig. 1

図1 A, 道管分化を誘導する合成オーキシン2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)イソオクチルエステル体(2,4-D IOE)の構造。B, 2,4-D IOEがacl5変異体における道管分化を誘導する様子。茶色の部分が道管。葉脈の周縁部の細胞が導管細胞に分化している。

Fig. 2

図2  オーキシンとサーモスペルミンの相反作用のモデル。野生株では、サーモスペルミンにより、オーキシンによる道管分化の誘導が抑制され、道管分化のタイミングやパターンが制御される。サーモスペルミンが合成されないacl5変異体では、オーキシンによる道管分化の誘導を抑制できず、道管分化が過剰になり、分化のタイミングも早まる。