真核生物におけるDNA複製装置の構造と機能
真核生物の複製装置はDNA鎖伸長だけでなく、細胞周期制御やクロマチン構造の維持・変化などにも関連する多彩な細胞機能を担っています。しかし、複数の種類の複製型DNAポリメラーゼの存在や様々なタンパク質との相互作用、精製の難しさなどから、分子レベルでの理解はあまり進んでいません。私たちは、出芽酵母のDNAポリメラーゼεの構造と機能の解明に焦点をあてて、この問題にアプローチしています。これまでに、Polεホロ酵素の精製やサブユニットからの再構成を通じて、特異的なDNA結合やDNAとの相互作用を見いだしました。ヒストンやクロマチンとの相互作用、遺伝子サイレンシングにおける役割についても研究を進めています。
この研究テーマに関連する発表論文とその解説
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Tsubota, T., Tajima, R., Ode, K., Kubota, H., Fukuhara, N., Kawabata, T., Maki, S. and Maki, H. (2006) Double-stranded DNA binding, an unusual property of DNA polymerase epsilon , promotes epigenetic silencing inSaccharomyces cerevisiae. J Biol Chem., 281, 32898-32908.(PubMed16916794) (Papers Of The Week, October 27, 2006)
クロマチンの状態やその変化が遺伝子発現制御の基盤になっていることは広く知られてきた。また、クロマチン構造は発生・分化の過程においても正確に維持され、同じ遺伝情報を持つ細胞であっても、異なるクロマチン構造を持つ細胞集団間では異なった表現型を示すことも分かってきた。細胞分裂に伴うクロマチン構造の複製は染色体DNAの複製と綿密な連関をもってなされるが、最近になって、新生鎖DNA合成に関わるDNAポリメラーゼε(Polε)が正確なクロマチン構造の複製にも関与することが示唆された。本研究では、Polε複合体の構成サブユニットであるDpb3およびDpb4タンパク質がヒストンH2A-H2Bと構造的に極めて類似したヘテロ二量体を形成し、二本鎖DNAをその周りに巻き付けること、また、両サブユニットの働きによりPolεが二本鎖DNAと安定に結合することを明らかにした。さらに、このPolεとDNAとの相互作用が出芽酵母のヘテロクロマチン様構造の維持に重要な役割を果たすことを示した。
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Pavlov, Y.I., Maki, S., Maki, H. and Kunkel, T.A. (2004). Evidence for interplay among yeast replicative DNA polymerases alpha, delta and epsilon from studies of exonuclease and polymerase active site mutations. BMC Biol., 2, 11. (PubMed15163346)
出芽酵母のDNAポリメラーゼε(Polε)はDNA複製のみならず、DNA修復やチェックポイント制御、遺伝子サイレンシングなどにも関与することが知られている。PolεのDNA鎖伸長活性および校正機能を持つPol2サブユニットの遺伝子の変異株にはミューテーターの性質を示すものがこれまでに分離されており、今回、校正機能に欠損を持つpol2-4 とDNA鎖伸長活性の活性中心付近のアミノ酸置換によるpol2-Y831Aの生化学的および遺伝学的解析を行い、それぞれの変異株が示すミューテーターの分子機構を考察した。得られた結果を総合すると、pol2-Y831A変異株由来のPolεは染色体複製そのものに対する働きを失うことでその忠実度制御に欠損が生じていることが示唆された。
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Tsubota, T., Maki, S., Kubota, H., Sugino, A., and Maki, H. (2003). Double-stranded DNA binding properties of Saccharomyces cerevisiae DNA polymerase epsilon and of the Dpb3p-Dpb4p subassembly. Genes Cells, 8, 873-888. ( PubMed14622139)
出芽酵母のDNA複製と細胞増殖に必須であるDNAポリメラーゼε(Polε)について、各種のDNAとの相互作用について詳細な生化学的解析を行った。その結果、Polεは単鎖DNAに特異的な結合活性部位と二本鎖および単鎖DNAに結合する部位を持つことが明らかになった。この二本鎖DNA結合は塩基配列に依存せず、DNA末端を必要としない。また、二本鎖DNAはPolεによるDNA合成を阻害しない。Polεの二本鎖DNA結合活性には触媒サブユニットのC末端ドメインあるいは3つのアクセサリーサブユニットが関与する。さらに、ヒストンフォールドモチーフを持つDpb3pおよびDpb4pの精製と生化学的解析から、両サブユニットはヘテロ二量体を形成してPolεと同様な二本鎖DNA結合活性を示すことが明らかになった。このことから、Polε の二本鎖DNA結合活性に Dpb3p-Dpb4p複合体が関与することが示唆された。
- Ohya, T., Maki, S., Kawasaki, Y., and Sugino, A. (2000). Structure and function of the fourth subunit (Dpb4p) of DNA polymeraseεinSaccharomyces cerevisiae. Nucleic Acids Res., 28, 3846-3852. ( PubMed11024162)
- Maki, S., Hashimoto, K., Ohara, T., and Sugino, A. (1998). DNA polymerase II (ε) of Saccharomyces cerevisiae dissociates from the DNA template by sensing single-stranded DNA. J. Biol. Chem., 273, 21332-21341. ( PubMed9694894 )
- Hashimoto, K., Nakashima, N., Ohara, T., Maki, S., and Sugino, A. (1998). The second subunit of DNA polymerase III (δ) is encoded by the HYS2 gene in Saccharomyces cerevisiae. Nucleic Acids Res., 26, 477-485. ( PubMed9421503)