腫瘍細胞生物学研究室

がん代謝

がん細胞は、自らの代謝経路を再編成することにより独自の代謝ネットワーク(がん代謝)を構築して、細胞がん化やがんの悪性化の過程に役立てています。がん代謝には、グルコース代謝(ワーブルグ効果として知られる)、アミノ酸代謝、脂質代謝などが知られています。活性酸素種(ROS)はこれらの代謝経路の下流に位置し、主としてミトコンドリア内で酸化的リン酸化反応の過程で生成されます。ROSは、細胞の増殖促進や、がんの悪性化に貢献するほか、突然変異率を上昇させ、がん特有の遺伝子異常の発生原因となります。しかし、高すぎるROSレベルは、DNA、タンパク質、脂質等の細胞構成分子に損傷を与え、最終的に細胞老化や細胞死などの酸化ストレス応答を誘導します。がん細胞は、特有の代謝ネットワーク(がん代謝)により細胞内ROS濃度が上昇していますが、抗酸化システムを発達させROSレベルを一定の濃度内になるように調整しています。
こうした、ROSを制御するがん特有の抗酸化システムは、がん抑制の新規標的として国内外で注目されています。これまでは、ROS濃度を減少させる治療戦略が取られ、抗酸化物質を補充投与する大規模な多施設臨床試験が行われましたが、予想に反しがん発生率が増加しました(Klein et al. J. Am. Med. Assoc 2011, Chandel & Tuveson Engl. J. Med 2014)。また、モデルマウスを用いた動物実験で、抗酸化物質の補充投与は腫瘍発生を促進する効果が確認されました(Sayin et al. Science Transl Med 2014)。よって、現在では、抗酸化物質の発現や活性を抑制することで、がん細胞のROS濃度を閾値を超えて増加させ、酸化ストレス応答によりがん細胞特異的に細胞老化や細胞死を誘導する戦略が開発されつつあります。ただし、抗酸化物質の種類が多い、複数の因子を標的にする必要がある、などの課題があります。
Tak Makらのグループはグルタチオン(GSH)系とチオレドキシン(TXN)系の抗酸化物質経路が、がんの発生初期と悪性化のそれぞれの過程で必須であることを突き止め(Harris et al. Cancer Cell 2015)、現在、この二つの抗酸化物質系ががん治療の標的として有望視されています。しかしながら、抗酸化システム経路で働く酵素は多く、具体的にどの酵素が律速段階に働き、どのような遺伝的変異を伴ってがん特異的な抗酸化システムが構築されているかの分子レベルでの実態は明らかではありません。
我々は、ターメリック(ウコン)の主成分であるクルクミンの抗腫瘍活性に注目して解析し、(1) クルクミンが細胞内ROSレベルを上昇させて、がん細胞増殖抑制活性を発揮すること、(2) クルクミンによるROSレベルの上昇は酸化ストレス応答を発動させて、がん特異的に細胞老化と細胞死を誘導すること、(3) クルクミンのがん細胞増殖抑制効果は投与中断後も持続すること、(4) クルクミンは腫瘍細胞移植動物実験系で効率良く腫瘍形成を阻害するが副作用は全く認められないこと、(5) クルクミンはGSH系とTXN系の抗酸化経路に関わる数種類の酵素を標的にすること、 (6) これらクルクミンの標的抗酸化酵素は腫瘍細胞で発現が増加していること、を報告しました(Larasati et al. Sci Rep 2018)。
本研究では、クルクミンの標的である抗酸化経路の酵素群に着目し、これらの酵素群の抗酸化シグナル経路における段階的階層性の解明と、がん特異的な抗酸化システムへの貢献度を評価することで、これらの酵素群が構成する「がん特異的抗酸化システム」の分子レベルの実態の全貌を明らかにすることを目的とします。さらに、本研究から得られた成果をもとに、クルクミンの性能をさらに向上させた類似体を合成、探索、試験し、新規の抗がん剤候補として開発します。これにより、分子標的薬で問題となっている「治療中断後の高い再発率」と、化学療法における「強い副作用」に対しての解決策が得られると期待でき、本治療法は、患者の負担を軽減するだけでなく、医療費の問題の解決策ともなると考えています。
 

参考文献

  • Curcumintargetsmultipleenzymesinvolvedin theROS metabolicpathwaytosuppresstumor cellgrowth. YonikaArumLarasati,NorikoYoneda-Kato,IkukoNakamae,TakashiYokoyama,EdyMeiyanto,andJun-yaKato. Sci. Rep. volume 8, Articlenumber: 2039 (2018), doi:10.1038/s41598-018-20179-6

 
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