Research & Development

体内時計と細胞運命

私たちヒトを含め、植物や動物など多くの生き物は体の中に「体内時計」を持っています。私たちは体内時計の中でも特に概日時計に着目し、これがどのように細胞の運命を決めているのかを明らかにしようとしています。

研究の背景

生き物は体内時計(より正確には概日時計(がいじつどけい))を使って24時間を測っています。動物が夜になると眠くなったり、植物が春になると花を咲かせたりするのは、体内時計の働きのおかげです。

体内時計は生き物の行動・睡眠・遺伝子発現など色々な役割を果たしていますが、もともとは細胞分裂のタイミングを夕方~夜の間に制限することで、紫外線によってDNAが傷つくのを防ぐために獲得された仕組みだったと考えられています。実際、藻類・マウスなど多くの生き物で、細胞分裂のタイミングは体内時計によって調節されています。細胞分裂には、自分と同じ機能の細胞を増やす役割だけでなく、自分とは異なる機能の細胞を生み出す役割もあります。このように自分を増やしつつ新しい種類の細胞を生み出すことの出来る細胞を幹細胞(かんさいぼう)といいます。いくつかの例外はありますが、多くの場合、こうした細胞機能の運命転換(細胞運命決定)は、幹細胞が細胞分裂するタイミングで起こっているとされています。これにより、多細胞生物は様々な種類の細胞を生み出せるようになり、複雑な応答を可能にしてきました。

event-image
「光からの逃避」仮説 原始の海にいた単細胞生物は光合成と紫外線によるDNA損傷の回避という2つの相反する要求を満たすめ、昼と夜で行動を変えることを思いついた。という仮説。

これらのことを総合して考えると、多細胞生物では体内時計が細胞運命を決めていると言えるのでしょうか?。実は、動物ではそうらしいことがすでに明らかになっています。マウスのES細胞では体内時計はリズムを刻んでいません。しかし、細胞運命が決まっていくにつれて体内時計は明確なリズムを刻むようになります。面白いことに、これをiPS化すると、体内時計のリズムも消えてしまいます。このことは少なくとも動物において、体内時計が示すリズムと細胞運命決定の間には密接な関係があることを示していると考えられます。では、植物ではどうでしょうか?私たちは、植物でも同様に体内時計が示すリズムと細胞運命決定の間には密接な関係があると考え、研究をしています。

では、なぜ植物で概日時計と細胞運命決定の関係を明らかにする必要があるのでしょうか?それは、細胞運命決定メカニズムの理解は、再生医療研究として重要であるだけでなく、「なぜ幹細胞は異なる種類の細胞を生み出せるのか?」という動物・植物の違いを超えた生物学における本質的な問いだからです。もちろんES細胞やiPS細胞を含めた動物細胞での研究は重要です。しかし、全く異なる生物種での発見はしばしばブレイクスルーをもたらします。例えば細胞分裂周期研究は酵母での研究が動植物における細胞分裂研究の基礎となっています。つまり、より単純な生物で細胞運命決定を理解できれば、ヒトや動物細胞でも同様の仕組みがわかる可能性があるのです。植物細胞は何にでも分化できる能力(分化全能性(ぶんかぜんのうせい))を示すだけでなく、体のつくりが単純であり、細胞が大きいという動物細胞にはない優れたメリットが数おおくあります。私たちは、体内時計と細胞運命決定に関しては、植物が酵母のようなブレークスルーをもたらすと考え研究を行っています。

やっている研究を簡単に

1.植物の体内時計と幹細胞の運命決定はどんな関係なの?

いろいろな実験から、植物でも体内時計が動き出すことと細胞の運命が決まることは密接に関わっていることがわかりつつあります。しかし、これら2つはあまりにも密接な関係であるため、どっちが先に起こっているのかについては、いままでわかっていません。これはまさに、卵が先かニワトリが先かという問題のようなイメージです。では、どうしたら「どちらが先か?」という問題に答えられるでしょうか?私たちは遺伝子の発現量を調べる実験をこれまで以上に詳しくしました(時間的にも、空間的にも)。その結果、どうやら体内時計が動き出すことが先に起こっており、それによって幹細胞が別の細胞に変化するためのスイッチが押されていることを見つけつつあります。私たちは、このことをよりはっきりと示すために、研究を続けています。

2.もっと詳しく遺伝子発現が見たい!

私たちが使っている方法では、残念なことにある細胞が別の細胞に運命がかわるかどうかはランダムに起こります。そのため、その瞬間における遺伝子発現を調べることは難しいという問題点がありました。私たちは生命の最小単位である細胞レベルで遺伝子発現を調べる方法を使うことで、何が起こっているのかを理解しようとしています。さらに、私たちは時間についてもより細かく調べるための新しい方法を開発し、これを使うことで細胞が運命を変える瞬間に何が起こっているのかを体内時計の側面から理解しようとしています。

3.体内時計はどうやって細胞の運命を決めているの?

ほとんどの遺伝子発現は体内時計が関わっています(すごい!)。しかし、そのため、今回、私たちが見ている細胞運命決定において体内時計がどうやって細胞の運命を決めているのかはわかっていませんでした。私たちは、ある時計遺伝子が幹細胞で主に発現していることに着目し、この時計遺伝子を介して細胞の運命が調節されているらしいことを見つけています。今は、この時計遺伝子がどんな遺伝子の発現を調節しているかを明らかにしようとしています。その中に、私たちが見つけたい遺伝子も含まれているはずです。また、こうした体内時計による細胞の運命決定が、決して特殊なものでないことを示すために、体内時計によっていろいろな細胞の運命がどのように変わるかについても調べています。